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  1. 「いっしょにくらしていく」ということ〜池下和彦の詩「いつ」〜
 

「いっしょにくらしていく」ということ〜池下和彦の詩「いつ」〜

2017/09/01 「いっしょにくらしていく」ということ〜池下和彦の詩「いつ」〜
もう少し、池下和彦さんの詩を紹介させてください。
『母の詩集』の最初から4番目の詩は、医師から母が「アルツハイマー型老年痴呆」と診断された時のものです。


         「アドバイス」     池下和彦

  同じ病気で肉親をなくした知り合いが、
  ちょっと声を落としていう
  この病気の本当にこわいところは
  知的能力がくずれても感情はさいごまでのこる点だ
  ぼくはうんざりしていう
  そのアドバイスなら聞いた
  別の人からも聞いた
  なんども聞いた
  知り合いは動じることなくつけくわえる
  いや大切なことは
  そのなんども聞いた出来事の今度は
  君が当事者になるという点だ

…なんだか怖いですね。最後のセリフがなんとも。

これから先、何度も「当事者」という言葉を噛み締めるんでしょうか。

何か、「覚悟」を迫られるようなそんな緊迫感があります。

 

鬱(うつ)に陥った人の心情も、これに近いものがあるかもしれません。

眠れなくなるよ、そして判断力がなくなる…、いつも「どうしよう」って気持ちになって、落ち着かない。

そんな症状を、知識として知っているのと、実際に自分がそうなるのと、全然違います。

なぜかわからないまま、そんな症状に振り回される。

自分が自分でないような、自分が自分の手の届く範囲にいないような、そんな焦燥感。

 

けれど、実際に母と暮らした池下和彦さんは、聞いていたのと違うものを「発見」する。



「つづき」 池下和彦

 

うたこ

だんだん

ばかになる

どうかたすけて

起きぬけ

母はそう言って私にすがりつく

だれが

この病を

老年痴呆と名づけたのだろうか

かつて私は

こんなに賢いさけびをきいたことがない

私は

母のまねをしてすがりつく

 

「痴呆」って何もわからなくなるから、本人は楽なんだ、と聞いたことあります。

でも、違うんですね。

自分が誰なのか、どこにいるのか、どうなっていくのか、わからないから不安になる。

全く、うつ状態と同じですね。

…自分はどうなってしまったんだろう、これからどうなっていくんだろうと、不安に駆られる。

 

そんな時には、ただ、そばに居ることしかできないんですね。

だから「私は/母のまねをしてすがりつく」。

「寄り添う」というのは、消極的な対応ではなく、積極的な対応。

まずは、ただ居る、ということ。いいも悪いもなく、ただ一緒に居るということ。

 

そうやって過ごしてきた池下和彦さんだから、母、歌子さんが亡くなった後、「いつ」という詩が生まれたのだと思います。



「いつ」 池下和彦

 

一人でトイレにいかれなくなったのはいつ

一人で歩けなくなったのはいつ

一人で食べられなくなったのはいつ

一人で風呂に入れなくなったのはいつ

どれもいつからと答えられない

看病でもなく介護でもなく

いっしょにくらしているだけだったから

 

ああ、そうなんですね。

「看病でもなく介護でもなく/いっしょにくらしているだけだったから」。

なんというか…とてつもなく大きなプレゼントをもらったような気がしています。

…そうか…、これから母と暮らしていくのは、いろんな気負いを持たずに「いっしょにくらしていく」ことだけを考えていればいいのか…。

 

カウンセリングルームに来られるクライエントさんとも、うずくまっていらっしゃる時には共にそばにいて、手を差し出して、立ち上がる方法をお伝えして、それからまた、共に生きていく気持ちで私はいます。

うずくまっているのは、ずっとではないですものね。

自分の足で歩いて行けますもの。

 

いい詩集を手渡してもらいました。

今度会ったら、「ありがとう」と伝えたいと思います。


画像は先週末に通りかかった、奈良の「もちいどの商店街」で見かけた看板。ホントおしゃれな通りになりましたね。

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