≪口語自由律の歌である。
作者は、文語や定型にとらわれない新しい形の短歌を模索している一人だ。
私自身は、短歌という表現手段を選んだからには、五七五七七の定型は守りたいと考えている。
そのリズムは、なんてことない自分の言葉に力を与えてくれる、魔法の杖のようなものだと感じているから。
口語自由詩は、この魔法の杖を使わないという、実は不自由なところから出発しているというこ とを、忘れてはならないだろう。
その上で歌になるということは、たいへんなことだと思う。
掲出歌は、私が愛誦している数少ない自由律の一つだ。
「言いあてられた」というのが、この歌を読んだときの第一印象だった。
今、自分が一人でいるということ。すべてがひらがなで書かれている。
なにかそれは、少女がぽろっと人生の真実を言葉にして 呟いてしまったような、純粋さと恐ろしさとを感じさせる表現だ。
と同時に、最後の「ふたり」という言葉にたどり着いた途端、また最初の「いつか」という言葉に戻ってゆくような、メビウスの輪のような終わりのなさをも感じさせる。「いつかふたりになるためのひとりだけれどふたりになっ たとしたらそれはやがてひとりになるためのふたりででもやがてひとりになったとしたらそれはま たいつかふたりになるためのひとり......」というように。
人生を二色にわけるとしたら、一人でいるか二人でいるか、すなわち恋愛をしている時間かそうでない時間の二色だ——そんなふうにもこの歌は読めるだろう。 希望は絶望を含み、絶望は希望へと繋がり、幸福は不幸を含み、不幸は 幸福へと繋がる。
人生において対立するかのように見えるものは、実は同 じことの表と裏なのだ——そんなふうに捉えることもできる。
小学生にもわかるようなやさしい言葉だけで書かれた歌だが、読む人の人生経験や心の状態に応じて、無限に悲しくも嬉しくも響く一首だ。
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