いきなり車から放り出され、捨てられた一匹の犬。必死で追いかけますが、車はみるみるうちに遠ざかり…。
途方に暮れて座り込むうちに、後続の車にはねられそうになったり、事故を引き起こしてしまったり…。
ぽつねんと佇む犬の前に、ひとりの子どもが近づいてきて…。
言葉がなく、デッサンだけでお話が描かれていきます。色もなく、モノトーンの世界なのですが、どうしてこんなに一匹の犬の感情〈焦り、恐怖、絶望、戸惑い、孤独、悲しみ、諦め、期待、不安、喜び、安心〉が、くっきり見えてくるのでしょう?
削ぎ落とされた、必要最低限の線だけの表現は、限りなく豊かな広がりを生み出すのでしょう。
1928年にベルギーのブリュッセルで生まれたバンサンが、美術アカデミーを卒業後、絵本作家としてデビューしたのは53歳の時でした。バンサンは、線描、いわゆるデッサンのうまさでは、世界的評価を受けていたといいます。
一般的に「下書き」とされるデッサンをそのまま作品としていますが、何本も引かれた線の動きに目を奪われます。一度手に取ってみてください。