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  1. コラム
  2. 沙羅 Sara の「ほっと一息」コラム
 

沙羅 Sara の「ほっと一息」コラム

沙羅 Sara の「ほっと一息」コラム
日々の暮らしの中で、ちょっと気づいたこと、ほっと一息つけるようなことがらをコラムとしてまとめました。
あなたの「お役立ち」になるかどうか、心許ないですが、興味を持った「カテゴリー」から読んでみてくださいね。

カテゴリーごとに選べます。
選択
アロマオイル
2020/07/31
ノルアドレナリンとアドレナリン〜メディカアロマのフォローアップ・セミナー〜  
2020年度の、ナード認定校メディカアロマのフォローアップセミナーのテーマは「脳内ホルモン」。
第6回は「ノルアドレナリンとアドレナリン」。
どちらも活性化すると脳や身体を緊張させ、生体にストレスがかかったときの「防御反応」を引き起こす。

生体にとっては、それも必要な反応なのだけど、
ただ、それが過剰に分泌されたり、長期間にわたったりすると、生体にダメージを与える。
つまりは、脳機能の低下を引き起こす、というのだ。

…まあ、「ストレス」が癌を生み出し、自律神経を狂わし、「病気」に至らしめる、とは
一般的にも知られていること。

ストレスに対する脳内ホルモンの動きを見ながら、それを緩和するにはどのようなアロマオイルを使えばいいのか?
という、非常に興味深い話の展開でした。

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仏教の学び
2020/07/30
空(くう)とは、有るのでもなく無いのでもない〜浅田慈照尼と読む『ティク・ナット・ハンの般若心経』(4)〜  
2月の末に慈照尼のところの「大楽庵」を訪れたのち、私の不調は始まって。
まるで、コロナ禍の始まりと符合するかのように。
私の不調は1ヶ月ほどで収まったのだけど、世の中は、どんどんコロナが蔓延し。
そのまま、自宅でどこへも行かない日々、となったのでした。

先月久しぶりに「大楽庵」を訪れたものの、…密かにティク・ナット・ハン師の『般若心経』のテキストも持って行ってたのに、
なんとなく、久しぶりの「逢瀬」に二人のおしゃべりは止まらず、お勉強どころではなくなったのでした。

その1ヶ月後の先日も、まだ、エンジンが掛からない、感じではあったのですが、
さすがにちょっと、と思い、ウオーミングアップに、これまでのところを、テキストを通し読みすることにしました。
(読み方が不明だったところもあり、音読してよかった、と思いました。)

ピーター・レヴィットさんの「はじめに」を読む。

「般若心経はブッダの教えの真髄である。」(p 12 l1)
「アメリカの仏教の真の顔」(p12 l 13)
「本書を読まれる方が明確に智慧の真髄に合流できるよう、こんな提案をしたい」(p 14 l14)
「親しむということは、本書に収められた教えの心臓の部分である」(p 15 l 10)

ブロック体にした語が、同じ語の訳を違えているのか、そうでないのか。ちょっと知りたいね、というご指摘がありました。
こういう精密さ、こういう、言葉に対する感覚が好きだなあ、と思いました。

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言葉
2020/07/28
水に降る雪 白うは言はじ 消え消ゆるとも〜閑吟集 248番〜  
昨日は、記憶の中の木琴の音をかき消す雨音、を聞いていたのですけれど、
しばらくそうしていたら、ふと、その音が途絶え、
逆に、音もなく降るもの、に思いを馳せていました。
そう、雪です。

しかも、水の上に降ったとしたら…?
積もりもしない。
…跡形もなく、消え去っていく雪。

水に降る雪 白うは言はじ 消え消ゆるとも
(私の思いは水に降る雪のよう。白いと、はっきりとは口にしません。たとえこの身が雪のようにはかなく消えてしまっても。)

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詩の世界
2020/07/27
今夜は雨が降っていて、お前の木琴がきけない〜金井直の詩「木琴」〜  
雨が降っています。今朝も早くから。
あんまり大雨だと、杏樹(アンジー)の散歩、いけないのだけれど、
今朝の雨はまだそれほど強くはない。

ふと、金井直の「木琴」を思い出しました。
小学校の教科書教材にもなった詩です。
…遠い昔、「読書への誘い」第44号でも紹介しました。


   「木琴」  金井 直

 

  妹よ

  今夜は雨が降っていて

  お前の木琴がきけない

 

  お前はいつも大事に木琴をかかえて

  学校へ通っていたね

  暗い家の中でもお前は

  木琴といっしょにうたっていたね

  そして よくこう言ったね

  「早く街に赤や青や黄色の電灯がつくといいな」

 

  あんなにいやがっていた戦争が 

  お前と木琴を焼いてしまった

 

  妹よ

  お前が地上で木琴を鳴らさなくなり

  星の中で鳴らし始めてからまもなく

  街は明るくなったのだよ

 

  私のほかに誰も知らないけれど

  妹よ

  今夜は雨が降っていて

  お前の木琴がきけない


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言葉
2020/07/25
「I've been to paradise but I've never been to me...(楽園だったけど、私は私ではなかった…)」〜1977年ヒットのシャーリーンの歌〜  
「私は私を生きてこなかった」という言葉を取り上げて、一昨日は「読むカウンセリング」を書いたけれど、
何か、ふと、それに似たフレーズがあったような気がして。

「I've been to paradise but I've never been to me...」。
…うーん、誰だっけ? 
あ、シャーリーンだ!

確か…、1980年代の…ドラマの中で使われていたのではなかったか?
調べてみると1982年フジテレビのドラマの主題歌だった。
「愛はかげろうのように」という訳がついていたけど、それでは飽きたらなくて、元の歌詞を探した。
そしてあまりにも訳詞とは違う、元の歌詞の奥深さに、私は唸った記憶がある。

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対人関係
2020/07/14
いつかふたりになるためのひとりやがてひとりになるためのふたり〜浅井和代の短歌〜  
「読書への誘い」を読み返していて、ふと第99号で紹介した俵万智の『あなたと読む恋の歌百首』が目に止まって。
浅井和代の短歌「いつかふたりになるためのひとりやがてひとりになるためのふたり」を取り上げての箇所だった。


≪口語自由律の歌である。

作者は、文語や定型にとらわれない新しい形の短歌を模索している一人だ。

私自身は、短歌という表現手段を選んだからには、五七五七七の定型は守りたいと考えている。 

そのリズムは、なんてことない自分の言葉に力を与えてくれる、魔法の杖のようなものだと感じているから。

口語自由詩は、この魔法の杖を使わないという、実は不自由なところから出発しているというこ とを、忘れてはならないだろう。

その上で歌になるということは、たいへんなことだと思う。


掲出歌は、私が愛誦している数少ない自由律の一つだ。

「言いあてられた」というのが、この歌を読んだときの第一印象だった。

今、自分が一人でいるということ。
それは、どんな人とも二人になることができる可能性を秘めた状態なのだ。
そして今、自分が二人でいるとしたら、それはやがてくる別れを含んだ状態である。
 人の心も生命も永遠ではないのだから......。

すべてがひらがなで書かれている。

なにかそれは、少女がぽろっと人生の真実を言葉にして 呟いてしまったような、純粋さと恐ろしさとを感じさせる表現だ。

と同時に、最後の「ふたり」という言葉にたどり着いた途端、また最初の「いつか」という言葉に戻ってゆくような、メビウスの輪のような終わりのなさをも感じさせる。「いつかふたりになるためのひとりだけれどふたりになっ たとしたらそれはやがてひとりになるためのふたりででもやがてひとりになったとしたらそれはま たいつかふたりになるためのひとり......」というように。

人生を二色にわけるとしたら、一人でいるか二人でいるか、すなわち恋愛をしている時間かそうでない時間の二色だ——そんなふうにもこの歌は読めるだろう。 希望は絶望を含み、絶望は希望へと繋がり、幸福は不幸を含み、不幸は 幸福へと繋がる。

人生において対立するかのように見えるものは、実は同 じことの表と裏なのだ——そんなふうに捉えることもできる。

小学生にもわかるようなやさしい言葉だけで書かれた歌だが、読む人の人生経験や心の状態に応じて、無限に悲しくも嬉しくも響く一首だ。


あさい・かずよ 1960年、奈良県生まれ。「新短歌」所属。歌集に『春の隣』 (pp.22-23)≫


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年中行事
2020/07/07
2020年の七夕  
新型コロナウイルスによる自粛で、しばらく人との接触がなかった4月5月6月。
あっという間に7月になっていて。 
今日はもう七夕。

七夕ーーー五節句のうちのひとつ。
五節句の「節」は季節の変わり目という意味があり、「節句」は季節の節目に五穀豊穣、無病息災、子孫繁栄などを祈り、神様へお供えをしたり、邪気を祓ったりする行事のこと。(「日本文化研究ブログ」より)

1、3、5、7、9の、月と日が同じ日が基本。

元旦(1月1日)→人日(じんじつ 1月7日):別名「七草の節句」。七草粥を食べて、一年の豊作と、無病息災を願う。
上巳(じょうし 3月3日):別名「桃の節句」。女の子の誕生と成長を祝う。
端午(たんご 5月5日):別名「菖蒲(しょうぶ)の節句」。男の子の誕生と成長を祝う。
七夕(たなばた 7月7日):別名「笹の節句」。短冊に願いを込めて笹に飾ると、願いが叶うといわれている。
重陽(ちょうよう 9月9日):別名「菊の節句」。一般的には馴染みはない節句だが、宮中や寺院では菊を鑑賞する行事が行われている。



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