「ふと」 吉原幸子
なにか とてもだいじなことばを
憶(おも)ひだしかけてゐたのに
視界の左すみで
白い芍薬(しゃくやく)の花が
急に 耐へきれないやうに
無惨な 散りかたをしたので
ふり向いて
花びらといっしょに
そのまま ことばは 行ってしまった
いつも こんなふうに
だいじなものは 去っていく
愛だとか
うつくしい瞬間(とき)だとか
何の秘密も 明かさぬままに
さうして そこらぢゅうに
スパイがゐるので
わたしはまた 暗号をつくりはじめる
ことばたちの なきがらをかくして
(詩集『夏の墓』)
何かに気づいて、それを言葉にしようと探っていたのに、目の前の衝撃的な「できごと」に気を取られているうちに、少し形になりかけていた「ことば」は、霧散してしまった…。
言葉にすると、自分の記憶にも留まってくれるのに、言葉にならなかったものたちは、いつの間にかこぼれ落ちてしまう。
…そう、両手の指のすきまから気づかぬうちに。本当にこの手でつかんでいたのだろうかと、疑われるほどに。
咲いていた花が、一気にぱらりと花びらを落とすのは、本当に突然のことで、その場に居合わせた時には、本当にびっくりしてしまいます。
え? あ、もう散る時期だったのか…と。
そこにあって、あたりまえのように思っていたものが、全くあたりまえでなかったと知った時の衝撃。
美しい姿を見せてくれていたのは、逆に「一瞬」のことだったのだと気づいた時の哀しみ。
失くして初めて知るのですね。
それにしても…「スパイ」って何だろう?
「愛だとか/美しい瞬間(とき)だとか」を「わたし」にしっかりとつかませないもの?
ちょっと油断したら、それこそ「ふと」見失わせてしまうもの?
だから、「わたし」は「ことば」にする前に見失ってしまわないように、自分にしかわからない手がかりとして「暗号をつくりはじめる」のですね。
形にならなかった「ことばたちの なきがらをかくして」、しっかりと形にするために。
自分自身の両の手で、しっかりとつかめるように。
言葉は、人と人とをつなぐものであると同時に、人と人との溝を作るものでもあるのですね。
私は、彼女が、家族の犠牲になっているようにしか思えなかった。
もう人生半ばを過ぎて、もう少し自分の思うように生きてもいいんじゃない、と思った。
癌になった、と聞いてなおさら。
仕事をして、家族を支える役割を降りてもいいんじゃない? これからは夫と交代して、彼に頑張ってもらっても…と。
私は彼女の生き方を認めてないことを表明したようなことになって、なんとなく、疎遠になってしまった。
私にできることは、どんな生き方であれ、彼女の選択を支えることであったはずなのに。
でもね。癌って聞いたら、それはストレスからだよ、って。
これまでも2回も精神的にしんどくなって仕事を休んだこと、あったでしょう?
だって、家事も育児も仕事もって、ひとりで全部抱えて、そりゃあ無理だよって思ってきた。
子ども2人にダンナの世話なんて…さらに親の介護もあるでしょう?
でも…それでも、それがあなたの選択だったんだね…。
ごめんね。でも、言わずにはいられなかった。だって、30年近く、あなたを見てきたんだよ。
でも、聞きたくなかったんだね。
聞きたくないあなたの気持ちを考えると、別な言葉を掛ければよかった、んだろうか?
いや、違うね。あなたの選択を認めてない私がいる限り、どう取り繕ったところで、ダメだね。
何を言ってもあなたを傷つけてしまったね。
そうか…そうなんだ。
私はあなたを傷つける存在になってしまったんだね。
やっと、理解しました。
私は今はあなたから離れます。…どうか、どうか幸せでいてください。
それでも…また、つながることができますように。
カウンセリングルーム 沙羅Sara
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