このところ、朝の杏樹(アンジー)との散歩には、カメラを持って出掛けたりします。
春先からずっと色とりどりの花が咲いていて、あ、素敵!と思った瞬間にカメラを持っていなかったら、とても残念な気がするので。
けれど、これらのお花たちも、長い冬を越えて、花開く今を迎えているのですよね。
そう、芽が出て、葉が出て、茎が伸びて、そして蕾が付いて…。
そんな時間を経て、今花が咲いている。
そんな「待つ時間」が今回のテーマ。
『ふたりはいっしょ』(文化出版局・1972年刊)に収められた作品です。

“かえるくんは じぶんの にわに いました。
がまくんが とおりかかかりました。
「かえるくん、きみは すばらしい おにわを もっているんだなあ。」がまくんが いいました。
「うん。」かえるくんが いいました。
「いいにわさ。でも つくるのが たいへんだったよ。」
「ぼくにも、にわが あったらいいなあ。」がまくんが いいました。
すると、かえるくんが いいました。「ここに花のたねがあるよ。じめんにまけば、じきに きみの にわが できるよ。」
「じきって、どのくらい かかるの?」がまくんが ききました。
「すぐ じきさ。」かえるくんが いいました。”
それで、がまくんは「大きくなあれ」と声を掛けたりしましたが、一向に芽が出ません。
“「大きなこえを だしすぎるんだよ。」かえるくんが いいました。
「かわいそうに たねたちは おっかなくて 大きくなれないんだ。」”
そんな風にかえるくんに諭されたがまくんは、大きな声を掛けるのをやめました。
その代わり、長いお話を聞かせてやったり、詩を歌ってやったり、詩を読んでやったり、音楽を聞かせてやったりしました。
“「がまくん がまくん おきなよ。」かえるくんが いいました。
「きみの にわを 見てごらんよ!」
がまくんは にわを 見つめました。
小さな みどりいろの くさが じめんから のびています。
「ああ、とうとう。」がまくんは さけびました。
「ぼくのたね、おっかながること やめて おおきくなりだしたんだ。」
「いま きみにも、いいにわが できるところだよ。」かえるくんが いいました。
「うん、そうだ、」がまくんが いいました。
「でも かえるくん。きみのいう とおりだよ。とても たいへんな しごとだったよ。」”
Kさん、お子さんが「2年前と同じ道を歩んでいるのではないか」と危惧されていましたね。
ちょっとお子さんの調子がよくなくて、カウンセリングにもお母さんであるKさんの同行を求めた、ということで。
Kさんにいていただいても、基本お子さんに話をしてもらうつもりでした。
そして…そんな風になりましたね。
子どもの成長は「直線的ではなくて、螺旋(らせん)的」だと申し上げました。
ですから、戻っているようで同じところにはいませんから、ご安心を、と。
ただ、待つことは苦しい。
一旦、芽が出るなどの兆候があれば、まだ待てますが、もう一度芽を出すのを待つのは本当に苦しい。
だから、私がいるんですよ。
一緒に待ちましょう。
今度はどこから芽を出すのか、今度の芽はどんな芽なのか、楽しみにして待ちましょう。
大丈夫、大丈夫。
待つことが「恵みの雨」となります。
次回もお母さんの同行を求めるのか、これも分かりません。
今度はどんなお子さんが顔を出すのか、楽しみに待ちましょう。