今日のうちに明日はひそむ〜谷川俊太郎の詩「明日」〜
2018/07/09
毎日ぱたぱたと過ごしているうちに、もう7月の上旬が終わります。
大雨による河川決壊や、土砂崩れやら…たくさんの被害が出ているニュースが流れ、
基盤としての「日常」が、「日常」であってくれることのありがたさを思ったりします。
家が、町が、水に浸かり、土砂に埋もれる「非日常」から、「日常」を取り戻すまでの途方もない時間、労力を考えると、胸が痛みます。
さて、今朝は、谷川俊太郎の詩「明日」を取り上げたいと思います。
「読書への誘い」第96号で紹介したものです。
「明日」 谷川俊太郎
ひとつの小さな約束があるといい
明日に向かって
ノートの片隅に書きとめた時と所
そこで出会う古い友だちの新しい表情
ひとつの小さな予言があるといい
明日を信じて
テレヴィの画面に現れる雲の渦巻き
〈曇のち晴〉天気予報のつつましい口調
ひとつの小さな願いがあるといい
明日を想って
夜の間に支度する心のときめき
もう耳に聞く風のささやき川のせせらぎ
ひとつの小さな夢があるといい
明日のために
くらやみから湧いてくる未知の力が
私たちをまばゆい朝へと開いてくれる
だが明日は明日のままでは
いつまでもひとつの幻
明日は今日になってこそ
生きることができる
ひとつのたしかな今日があるといい
明日に向かって
歩き慣れた細道が地平へと続き
この今日のうちにすでに明日はひそんでいる
(詩集『魂のいちばんおいしいところ』サンリオ出版・1990年刊)「ひとつの小さな約束」「ひとつの小さな予言」「ひとつの小さな願い」「ひとつの小さな夢」…
それらは「明日」に向かい、信じ、想って…
つまり「明日」に開かれていて。
「明日」の存在を前提とするから、成り立つことで。
それで、第5連で「明日は今日になってこそ/生きることができる」と。
そう!「明日」は「ひとつのたしかな今日」の存在が支えている。
だから詩人は「この今日のうちにすでに明日はひそんでいる」と言い切る。
そうなのですよね。
「明日」だけを夢見たところで、「今日」をないがしろにしていたら、望む明日はやってこない。
「明日」に続く「今日」、「今」をどう過ごすか、が大事なのだけど、なかなかその位置に立ちゆかない。
…なぜだろう?
「今」「ここ」に立つことは、「現実」を見ないといけなくなるから、怖いのかもしれない。
途方もなく大きく感じる「現実」の問題の前に、自分自身を小さく感じて、太刀打ちできない気になるからかもしれない。
大丈夫。何とかなる。何とかなります。
ルームに来られた方に、私はそう声をかける。
一緒にやっていきましょう、と。
カウンセリングでの「気づきノート」に取り組んでもらう内容のひとつに、
「朝、目が覚めたら『今日は何が起きたら嬉しいかな』を考える」というのがあります。
特に努力しないでも簡単に叶うであろうことを考えてもらうのです。
「現実」に大きな壁を感じていらっしゃるクライエントさんに必要なことと思って、そんな宿題を出すのですが、
それが意外に有効なのは、そんな積み重ねが「自己効力感」を高めるからだろうと思います。
「自己効力感」って、「自分の力が現実に影響すると感じられること」なのですが、それって、大事、ですよね?
自分は無力だと感じると、何をする気も起きませんもの。
大丈夫。まだ、自分にはできることが、ある。
そうです。そこから始めましょう。
画像は、5月の朝の杏樹(アンジー)との散歩で撮った、ご近所の白い薔薇。
今日はいいお天気で始まる月曜日であることに気づき、空の青を贈りたくなったので。
あなたはあなたのままで大丈夫。ひとりで悩みを抱え込まないで。