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ある種の無防備さ〜折々のことば・鷲田清一#3073〜

2024/05/18
ある種の無防備さ〜折々のことば・鷲田清一#3073〜
折々のことば。2024年5月1日の内田樹の言葉。

知的であるためにはある種の無防備さは必要だ


鷲田清一の解説。

無知とは知識の欠如でなく、ジャンクな情報で頭がぎっしり詰まっていて新しい情報の入力ができない状態のことだと、思想家・武道家は言う。
これに対し、学びとは、入力があるたびにそれを容(い)れる器そのものの形状や容積が変化してゆくこと。
危うくもあるこのプロセスを、生徒らが傷つくことなく通過できるよう慮(おもんぱか)るのが教育だと。
『だからあれほど言ったのに』から。


ジャンクな情報!
まあ、確かに。
ホント、いらない情報ばかり、テレビは垂れ流す。
ので、最近、とんと見てない、んだけれど。

テレビだけでなく、新聞だって、いらない情報ばかり繰り返す、ので。
たまーに見るぐらいでいいかな、と、久しく新聞取ってない。

母のマンションに行ったならば。
真っ先に朝日新聞の「折々のことば」をチェックして。
気に入ったものだけを写メして。

それで「事足れり」というのも、問題有りかもしれないけど。

まあ、いいのよ。

それで。そうそう。「無知とは、新しい情報の入力ができない状態のこと」って。
そうね。そうかもしれない。
新しい情報が更新されないから、古い情報のままで判断し、間違う、わけね。

それにしても。「学び」の定義がフルってる。
「入力があるたびにそれを容れる器そのものの形状や容積が変化してゆくこと」って。
ほう。そうか、器そのものが変わっていくのか。
変わらなければ、それは「学び」ではないのか。
なるほど。「わかるとは、行動が変わること」と聞いたことがあったっけ。
行動が変わるためには、器そのものが変わらないと、ね。

私には今回、次の文言が一番、引っかかった。
「危うくもあるこのプロセスを、生徒らが傷つくことなく通過できるよう慮るのが教育」。

…そうか。そういう配慮があってこその教育、か。
しかし、そもそも「無知」の定義も、「学び」の定義も、教育現場では、いっそ遠いものではない?
そうであるならば。「慮る」ことだって、全くされていない、ように思う。

でも。そうなんだよなあ。こういう配慮が要るのよね。教育には。
大事に。守り育てていくための。「待つ」という眼差しが。

それを、若い先生たちにどうやって伝えていったらいいんだろう?
今年も。職員研修に呼んでもらえるなら。
今年はこの話をしよう。

画像は、この前の5月10日に道端に咲いていた小花。
なんか、日の当たる方に一斉に伸び上がっているのが、とても可愛くて。
子どもたちも、こんなふうに伸びたい、と思っているように思えて。

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