折々のことば。2024年6月2日の鶴見俊輔の言葉。
小事はこれを他にはかり、大事はこれをみずから決すというのが、先生の信条だった。 鶴見俊輔
鷲田清一の解説。
文字が書けなくなって辞職を願い出た時、上司だった仏文学者の桑原武夫が、きみは病気だ、療養中に辞めればゆきづまる、今は給料をとって。その後改めて考えればいいと言ってくれたと、哲学者はふり帰る。
明晰(めいせき)にできるのは手段まで、決断の当否を引き受けるのは本人。
「人の中に自由をそだてる稀有(けう)の人だった」と。
『悼詞』から。
「大事はこれをみずから決す」。そのとおりだと思う。
そのとおりだと思うから、お仕事のカウンセリングだって5ヶ月7回で「終わり」を作ってきた。
いつまでもカウンセリングを必要とする状態を作ることは、「依存」だと思ってきた。
それは10年経っても変わらない。…今で、カウンセリングルームを開いて9年半、だけど。
だから、7回のコースを終える前、1回で「もうカウンセリングは必要ない。ありがとうございました!」と言われたら。
喜ぶべきはずが、そうでもない、私がいて。
それで、昨夜からモヤモヤする私を抱えている。
うん。自己都合でコースを止める場合、ご返金は致しません、とうたってあって。
言うならば、サービスを提供せずに代金だけいただくことになるんだけど。
「労力」を考えたら、「いいじゃん!」ってことになるんだろうけれど。
全く喜べない。
凄く長いメールをくださっていて。
第1回のカウンセリング、それからそのあと始めた「気づきノート」で、
ご自分が欲しい「結論」に至ったそうで。
自分の母親との関係にお悩みで来られた方。
母が問題なのではなく、自分の気持ちが問題なんだと既に気づいていらっしゃって。
そして、物理的にも距離を取った方がいいんだということにも気づいていらっしゃって。
既に3月にはちょっと離れた場所への引越しも、もう準備されていて。
だから。もうこれで大丈夫、と。
うーん。。
私は何を危惧してるんだろう?
そうね。30の私は。親から370km離れた広島で、暮らすことを選んだ。
ともかくも。奈良から離れたかった。いろんなしがらみ、いろんな思いが沈んでいそうな場所から離れてみること。
それしか考えてなかった。
離れたら、もっと伸びやかに生きていけるかと思った。
けれど。
370km離れていても。縛られたままの私がいた。
縛られたままってどういう状態?
うん。それは、「気になる」、「気になるから放っておけない」、そのくせ「構われると不機嫌になる」。
親との関わりには、いつも心乱れて、不機嫌な私がいた。
まあ。「適切なキョリ」を保てないから、気持ちが安定しなかった、んだけど。
でもね。
それは私、であって。彼女ではない。
「親との問題は、自分の内(なか)の問題」と気づいていて、実際に「適切なキョリ」を保てるようになるまで、もう少し時間が掛かる、と思うのは。
私を基準に考えているだけで、実際のところ、彼女はそうでないかもしれない。
そう思うから。
「気持ちの揺れが生じる状態を作らないためにも、もう少し続けてみませんか? 2、3日考えてみてください」と返して。
その返信が、すぐさま「やっぱり、ここで終了します」だったら。
もうそれはご本人の意思を尊重するしかなくて。
それで、私は何を感じてる? と思ったら。
淋しい。という感情だった。
うん。もう少し、彼女と「対話」していけると思った、のね。
カウンセリングは、クライエントさんとの「エネルギーの交流」のような気がして。
私の思考も、「やり取り」を通じて深まっていく。
彼女とのやり取りで、またもう少し深めていけると思っていたのに。途中で打ち切られた感が強くて。
残念なんだ、と思った。
うん。まあ。もともと自分を開示しない人であれば。
開示したことそのものに「警戒心」が働く場合もあるから、ね。
私と距離を取りたくなる、かもしれない。
それも分かる。
それも分かるけど、私はこんなふうに返すことで、「もしも」に備えたくなった。
はい。了解しました。
お気持ちに区切りがついたとお考えなんですね。
コース料金のご返金はできませんが、5ヶ月間は対象期間ですので、
もし、「ちょっと必要かな」と思われることがございましたら、
遠慮なくご連絡ください。
○○さんに幸多かれと祈ります。
祈りは、私の祈りは。どこに通じているんだろう?
わからない。わからないけど、「あなたが幸せでありますように」。
画像は2021年4月10日に撮った紫色の花。
ちょっとうつむき加減が、今の私のもの思い気分を表している気がして。