「山頂から」 小野十三郎
山にのぼると
海は天まであがってくる。
なだれおちるような若葉みどりのなか。
下の方で しずかに
かっこうがないている。
風に吹かれて高いところにたつと
だれでもしぜんに世界のひろさをかんがえる。
ぼくは手を口にあてて
なにか下の方に向かって叫びたくなる。
五月の山は
ぎらぎらと明るくまぶしい。
きみは山頂よりも上に
青い大きな弧をえがく
水平線をみたことがあるか。
(詩集『太陽のうた』1967年刊)
「山頂よりも上に/青い大きな弧を描く/水平線」って見たことありますか?
山頂からすぐ海が臨めて、しかも「山頂よりも上」って言うんだから、そんなに高い山ではありませんね。…ちょっと小高いぐらいの山。
それとも…すぐ近くに海が臨めるわけではなく、遠くに見えている…ということはかなり高い山。
どっちだろう?
「下の方で しずかに/かっこうがないて」いたり、「ぼくは手を口にあてて/なにか下の方に向かって叫びたくな」ったりするから、やっぱりかなり高い山なんだろうな。
すると、水平線は彼方に見えて、もう波の音なんかは聞こえない。
昔、波打ち際に座って、日がな一日、波の音を聞いていたことがあります。
遠くに水平線が見え、ヨットなんかも浮かんでいて、とても夏らしい、爽やかな風景。
…のはずだったのですが、水平線って、海側に一歩でも二歩でも近づいたら、もう、さっき見てた「水平線」ではなくなるんだな、と思ったことがあって。
追いかけると、逃げていく…永遠に辿り着けないんだ、と思うと悲しくなって。
なんだろう…。こんな風に、10代20代の頃は、何かやたらと悲しかった。
具体的に何かを失くしたわけではないのに、やたら喪失感が強かった。
…この詩とは、対極の世界。
この詩は、なにかしっかと大地を踏みしめているようで、山にもずんずんと一気に登っていく力強さがあって、でもなんだか、ひとりでいるような気配で。
ひとりでいても、空虚さはないんだな。
「風に吹かれて高いところにた」っている「ぼく」は、「だれでもしぜんに世界のひろさをかんがえる。」境地にいるけれど、この世界に存在する自分を疑ってはいない。
この存在の確かさは、どこから来るのだろう?
…この世界に「自分の居場所がある確かさ」のような気がする。
…心が落ち着かない時は、この「自分の居場所がある確かさ」を失っている時。
いや、失くした、というより、今まで自分にあったのかどうかも定かでなくなるような…そんな不安定さ。
私はここに居ていいの? と尋ねたくなるような心細さ。
当然。居ていいんだよ。あなたの存在するスペースは十分に確保されている。
カウンセリングルームに来られる方は、そんな、自分に対する「不確かさ」を抱えて来られる気がする。
だから、私は「大丈夫よ」とお伝えする。大丈夫、あなたの居場所はちゃんとある。
画像は朝の杏樹(アンジー)との散歩で撮った、朝の光が射す街路樹の新緑。
カウンセリングルーム 沙羅Sara
あなたはあなたのままで大丈夫。ひとりで悩みを抱え込まないで。
明けない夜はありません。
電話番号:090-7594-0428
所在地 : 生駒市元町2-4-20
営業時間:10:00〜19:00
定休日 :不定休