昨日から始まった、高校時代からの友人の個展に出向きました。
彼女とは高校1年時に同じクラスで。
…かれこれ、41年のお付き合い、ということになります。
ギャラリーヒルゲートでの4年ぶり3回目の個展ということで。
…そうか…前回からもう4年経ったのか…と、改めて歳月の速さに驚き。
彼女はずっと木の根っこを描いてきた。
桂だったり欅(けやき)だったりしたけど、このところはガジュマル。
同行した友人がなぜガジュマルなのかと問うたら「出会ってしまった」と。
なんか…その答えが全てのような気がした。
…出会ってしまった。
ああ、魅せられたのね、と私は了解した。
描きたい、という衝動は、どこから来るのだろう?
私は描きたいと思ったときには、カメラを構える。
…自分の力量のなさを知っているので。
私が書きたいと思ったときには、どんな風に書き始めたいかが定まるまで、しばらく待つ。
時が満ちたときをどうやって知る?
…わからない。ただ、なんとなく「書ける気がする」。
根拠のない確信。
彼女はどうなんだろう?
描きたいと思って、描き始めるまで、それから描き続けて仕上がるまで、随分時間が掛かるだろう。
そのエネルギーたるや、半端ない。
そう思うと、彼女の樹の根の絵から溢れ出る命のエネルギーは、樹の持つエネルギーに彼女のエネルギーが相まって、放たれるものであるのかもしれない。
けれど、描くことでエネルギーを吸い取られるのでなく、彼女自身もますますエネルギーに満ちあふれているのを感じるのはなぜだろう?
…多分、樹とエネルギーの交流をしているから、という気がする。
なんとなく…彼女は樹を描いているとき、樹と自分との境界がないのでないか、という気がする。
今度会ったとき、聞いてみようと思います。
画像は、案内チラシのトップを飾っていた作品。「安須杜(あしむい)のガジマル」というタイトルで昨年の新制作展の出品作だそうです。
227㎝×324㎝の大作です。