「今の この苦しんでいる状態も
幸せに向かってれば、不幸せでない、というか
先の地点を見据えたことなんですけれど、
今を今だけで評価できないっていうか
すごく悲しそうなできごとがあったとしても
それで誰かを哀れむという気持ちにもあんまりなれなくて。
もしかしたら、すごい辛そうだけど、そのできごとのおかげで
5年後、10年後、今よりももっと 幸せになっているかもしれないじゃない?
そのできごととか以前よりも。
ああ あれがあってよかったーと思ってるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
という、全く今を評価できないなと思っちゃう。」
そうね。過去の事実は変わらないだろうけど。
過去の持つ意味は、その後の自分の生き方で変わる。
それは、カウンセリングルームに来られているクライエントさんにも伝えていること。
今回、宇多田ヒカルが対談相手に選んだのはもうひとりいて。
編集者であり、ライターであるという若林 恵さん。
彼とは、一問一答のような形式で進んでいきました。
Q:アルバムタイトルが なぜ「初恋」?
「初恋=初めて人間として深く関係を持った相手」
「だから、完全に、母親と父親っていうのが、初恋の対象と思っていて」
「恋っていうか、“愛”」
「その関係において何があったか
自分にどんな影響があって、自分が今どうなっているのかっていうのを理解しようとするのが その後に続くほかの人たちとの関係って思っているんで。
それを紐解くためのことと思っているんで。
テーマはずっと変わってないんですね、ホント。」
「デビューしたときは、それを無意識に書いていたし、今は意識的に、それもわかった上でやっているってだけなんです。」
“もしもあなたに
出会わずにいたら
私は ただ生きていたかもしれない
生まれてきた意味も知らずに”
「初恋って歌の歌詞を、初恋が終わった瞬間に歌っているのか、始まりに歌っているのかわからないっていう、
その時間軸の不思議な感じが好きで」
「ビデオでも おばあちゃんっていえる女性も 少女も映っているっていう」
「少女が歌ってるのか、少女時代を振り返っているおばあちゃんが歌ってるのか、分からないっていう、
少女と老後みたいなものを、
私が同時に、こう曲に出来たっていうのがすごく意味があるというか、こう、なんかすっと出てきたんですよね、それが。」
う〜ん…。
「少女と老後みたいなものを同時に曲に出来た」というのは、生きていく中での「真実」を表現できたということのように私には思える。
なんだろう…自分が歳を重ねてきて思うのは、子どもの私が、もうどこにもいない、のではなく、
「核」となるところには、しっかりと存在していて、子どもの頃の私も、もう少し大きくなったときの私も、ママになったときの私も…全部全部、何層にもなって「私」はできていて…
それを思うと、瞬間、その時その時の「私」に、私は「なって」いて…。
そんな風に自在に行き来する感覚が私にもあって。
でも、よくよく思い出すと、それは、必ずしも「歳を重ねた」せいでもなくて、
10代の頃に感じた「孤独感」や「怖れ」は、生まれてきたこと、生きること、これから生きていくことに対する根源的なものだったように思えるので。
何か、まだそんなに長く生きていない時期に、「先取り不安」のように、先を見通したように「淋しさ」を感じていて、
そして、今、10代の頃に感じた淋しさは、あながち間違っていなかった、人は淋しいといえば淋しい存在だと思うので、
そうすると、私は既に少女の頃に「老後」を生きていたわけで。
ああ、こんな風な感覚、分かってもらえるだろうか…。
まあ、ね。10代の頃には分かってくれる人が、私の周りにはいなかったけど。
20代の頃にも、30代の頃にも、分かってくれる人はいなかったけど。
今なら、ひとりやふたり、分かってくれる人はいそうで。
だから、私はこんな風に言葉を紡ぐのだろうけれど。
Q:なぜ時代を歌わない?
「時代の流れとか、外の世界と全く遮断されて生きてるわけでなく、人並みに興味もあるし、ニュースを見るの好きだし、
人と飲みの席とか友だちとかと雑談でそういう話して、とかはすごく好きなんですけど、
音楽に全く関係してこないというか。
そこに別に訴えたいものがないというか。」
「そもそも社会を意識できるほど長くどこかにいなかったんだと思うんですよ。
私にとって 外の世界というのは、常にころころ変わって、場所も人たちも。
それはもう、完全に生い立ち(のせい)だと思うんですけど、
1カ所に定住したことも、1個の国に定住したこともほとんどなくて、
ほんと 気が付いたら 明日ニューヨークに引っ越すからって言われて連れてかれて
アジア人が1人 私以外に1人しかいない学校に入ったりとか
そこでも常に転校生だったんですよ。私は どこに行っても。」
「どの国にいても 同じくらい外国人というか、外部から来た人扱いで、一度も属したことがないんですよ、グループに。
属したいという気持ちさえ 芽生えなかったです。」
「だから音楽や作品を出せば大勢の人にそれが届くというか、聴かれるっていうのは、
意識して作ってるんですけど、
それが私と社会とか、私と大きなグループっていうのが想像できなくて、
“わたし”と“誰か”っていう、
私じゃない誰かっていうとこにしか、関係性を私は想像できない、っていうか。
1人のリスナーが、私と対等な立場で、私の音楽をヘッドホンで部屋で1人で聴いてるみたいなイメージしかできないんです」
「だから時代性とかじゃなくて、今この瞬間の、50年後の、50年前の誰かでもいいんだと思います」
ああ…また出てきましたね。
「50年後の、50年前の」誰かでもいい、と。
Q:宇多田ヒカルにとって音楽とは?
「よりどころ、というか、私らしくそのままであってよくて、ある意味 他者を意識しなくていい、自由の世界」
「他者との関係になかったものを、じゃあどうする、と。
ないってなると絶望しか残らないので、自分が必要として求めたものっていうのを、
でも、自分の中の世界だったら、実現させられるじゃないっていうのが、モノづくりの動機かもしれないですね」
「うそではないことを表現した、というか
常に正直であったかっていうことが 大事で、
歌詞書いてても音楽作ってても ちょっとでも 自分でここちょっとダサいなとか
うーん、ホント そう思っているかな、とか
それで いいの? ってホントに思うときに、そのままにしない
という積み重ねというようなものであるんですけど。
歌を作るっていうのは。
それを 今までより、意識的にもできたのかもしれない」
そうか…自分に正直でありたい、と願ったのね。
それが、彼女の歌が、彼女の孤独が、閉じていない理由だね。
そうか…それが、私が彼女の歌に魅かれる理由なんだ。
20年も彼女の歌を聴き続けて、やっと、魅かれる理由が分かった気がします。
画像は、今年5月の杏樹(アンジー)との朝の散歩時に撮った、ご近所。
朝の光の中、その「置物」は、黙々と「自分のなすべきこと」をしているような気がしました。