絵本「永遠」 新川 和江
——帰ろうよ
あそびの途中でふいにおまえは立ちあがり
そう言い出しては
思慮浅い若い母親を狼狽(ろうばい)させた
おお どこへ帰ろうというのか
おまえのうまれたこの家に
つながる血を紙テープよりもたやすく断ち切り
馴(な)れ親しんだ玩具(がんぐ)たちを未練げもなくほうり出して
どんな声がおまえをよぶのか
どんな力がおまえをはげしくひきよせるのか
母親は耳をそばだていっしんにききとろうとするが
相もかわらぬ蒼空(あおぞら)には
かたちにならぬ雲ばかりあって
花壇のなかには
ソルダネルのひとむらが呆(ほう)けて咲いているばかりで
春の日は永くいかにもおだやかである
つい今しがたまで その椅子(いす)に深く腰かけ
乳牛の話などきかせてくれた
北国のカレッジで牧草の研究をしているという
あの美しい青年は
あす チモシーのにおいのなかへ帰るという
絵本のなかの 小鳥はいつでも巣にかえり
狐(きつね) は穴へもどってねむった
母親の知らぬまに
おまえはどんな絵本を読んだのだろう
——帰ろうよ
憑(つ)かれたようにせきたてるおまえのそばで
最早
母親は ,(コンマ)や .(ピリオド) よりも微少なひとつの物体にすぎなくなる
お家にいて遊んでいる最中に、
急に子どもに「帰ろうよ」なんて言われたら…
え? おまえの家はここじゃないの? って
本当にうろたえると思います。
…それも、一度ならず何度も言われたら。
お家は母親である自分もいる場所で。
だのに、そんなことはお構いなしに、
「帰りたい! 帰るのはここじゃない!」と言われたら…。
母親である自分の存在のちっぽけさは
コンマやピリオドほどもない、と
その時の無力感で、この詩は終わる。
ああ、そうそう。
私もずっと「私の帰る場所はどこ?」と探していたことを思い出した。
ここじゃない! 私の帰るところは…と。
30を過ぎて、「自分が自分の帰る場所だ」と言ってくれた人に会って
それからは、ああそうか、と外に探さなくなった。
昨日は40半ばでこの世を去ったゲシュタルト仲間の告別式で。
急なことに驚いて、午前中に入っていたお仕事を終えると、
午後の予定はキャンセルして、式場に向かった。
身体の不調に気づいたのは、ほんの2週間前だったそうで。
診察を受けたら、もう癌の末期だったそうで。
お母さんの癌の手術と介護に心を砕いて、
それで、自分のことが後回しになって
自分の身体の不調に気づくのが遅くなったのかしら…
でも、看護師さんだったのに…と、
その場にいたゲシュタルト仲間で看護師のハルちゃんに言ったら、
「そんなことないと思うよ」と返された。
…そうか…自分では薄々気づいてたか…
お医者さんが嫌いで、
マクロビやアロマという代替医療に興味を持っていたチーちゃん。
私がカウンセリングルームでブレンドアロマオイルを提供していると言ったら、
ルームに遊びに来たがってた。
「ふたりで一緒に何かできればいいね」と言ってたのに。
最期まで生きたがってた…と聞いたけど。
でも、医者の診察を受けなかった気持ちも分かるような気がする。
…なんだろう…私が定期検診をサボるのと似たような気がするのは、
不遜な考えだろうか。
本当は私も半年に一度の「経過観察」検診を言われているけれど。
このところ3,4年に1回しか行っていない。
最初の頃は、半年に一度、受けてたけど。
それは、子どもがまだ小学生だったから。
まだ死ねない、と思った。
自分の生が続く限り、精一杯生きようとは思うけど、
でも、「まだ死ねない」気持ちは年々なくなっていく。
私が生きてなすべき「お役目」が、まだあるなら、
まだ生かしてもらえる気がして。
「もう、いいよ」って言われたら、
「ああ、もういいのね」ってあっさり思うと思う。
自分で自分の人生を終わらせるのはいけないことだと思う。
なすべきことをしていない気がする。
けれど、「はい、寿命ですよ」って言われたら、
「はい、分かりました」って思うと思う。
思い出す限り、私の人生、辛いことが多すぎて。
もう、いいだろう…と思うのかもしれない。
チーちゃん。
あなたもどこかで
自分の人生がいつ終わってもいい、という気持ちでいたのじゃない?
もちろん、生が続く限り一生懸命生きようとしていた。
でも、どこかで、この人生、いつ終わらせてもいい…気持ちもあったのではない?
間違っていたらごめんね。
でも、私にはそんな気がして仕方がない。
あなたの信じるキリスト教は、
輪廻転生を説かないのだったっけ?
「復活」は説くけど。
…そうしたら、あなたは「神の国」で復活を遂げているのかな。
私は輪廻転生を信じているので、
業(カルマ)が終わるまで
また生まれてくるのでしょう。
矛盾しているかもしれないけれど、
人はその人の信じるようになっていくのでは、と思っている。
私は今生で、業(ごう)が終わればいいけれど、
まだ修行が足りなかったら、また生まれてくる、のかな?
もうしばらく、あなたのことを想って、
日を送ろうと思います。
画像は、先月に撮った馬見丘陵公園のダリア。
淡い紫色の優しい色がチーちゃんに合うと思う。