2020年2月19日の言葉。
「とおくに いるからだよ。とおくにいるから ちいさく みえるんだよ」 くりはらたかし
鷲田清一の解説。
アリが遠くにいるカタツムリを見て、ぼくより小さいと笑うと、カタツムリがこう返した。
次にカタツムリが遠くにいるネズミを見、そのネズミがネコを見て同じことを知る。
最後はタロウくんが空を見上げ、指の環(わ)の中に入るほど小さな飛行機に大勢の人が乗っていると思い不思議な気持ちになる。
想像するという大事な力を身につけた。
絵本『とおくにいるからだよ』から。
そうね。確かに。
遠くにいるから、近くだと大きくて圧迫を感じる相手も、それほどじゃなくなる。
だから、「小さく見える」のは錯覚だと。
本当は、そうじゃないんだ、という。
最後は人間のタロウくんに話が及び。
指の環の中に入る飛行機を見る。
あそこに豆粒よりも小さな人間がたくさん乗っているのか…と。
豆粒よりも人間が小さくなるのは、「とおくにいるからだよ」と。
そうね。
「想像する」という力は大きい。
飛行機を指の環の中にも入れてしまえるし、その小さな飛行機の中に、たくさんの大人も乗せてしまえる。
昨日、新聞のこの欄を見たときには、ふうん、そうね…と思っただけなんだけど、
今朝、改めてこれを読んだときには、私は違ったことを考えた。
…そうか、そうだったら、怖いものはみんな、自分の指の環の中に入れたらいいんだ!
学校が怖ければ、正門から遠く離れて、自分の指の環の中に入れてしまったらいいし、
誰か苦手な人がいるなら、その人を遠くから、自分の指の環の中に入れたらいい。
そうすると、小さくて、それほど怖い気がしないかもしれない…。
怖いものは、自分の中でどんどん大きくなって、
自分の頭の中の大半を占めるまでに膨れあがって、頭に張り付いて、どうしようもなくなる。
それを頭から引き離すのに、ボイスアートの「お辞儀呼吸法」などをお伝えするんだけど。
それ以外にも、こんな風に、「怖いもの」を小さく小さくしてしまって、
「ふん。なんだ、そんなもの」って、ふっと吹いて飛ばすようにしたら、
怖さも少し飛んでいくかもしれない。
「所詮、そんなもんなんだよ」って自分に言ってやったら、少し肩の力が抜けるかもしれない。
想像力は、自分を相対化して「全体を見る」こともできるし、自分を絶対化して「怖さに囚われている自分」を少し解放することもできる。
そうね。「見る自分」をどうにでもできる、ということだから。
今度、カウンセリングルームに来られる方に、機会があったら伝えてみよう。
自分の指の環の中に、その「対象物」を入れてみませんか? と。
画像は、伊勢で見かけたピカチューバス。
その時にはピカチュー、その他のポケモンにしか目がいかなかったけど、今改めて見ると、なんと「EV電気バス」の表示が!
見ているようで見てない、自分の見たいものしか見ていない、のだなと気づきました。
それならば、「自分の見たいように見る」ことを「恐怖心からの解放」に使ってもいい、ように思います。