2020年3月11日の言葉。
誰かを助ける力が欲しい、痛切にそう願った。安東量子。
鷲田清一の解説。
福島県いわき市で植木屋を営む女性は、原発事故で生活の「底が抜けた」人々の間で「最後まで悲しむ人間になろう」と思った。
放射の汚染のリスクを解説する専門家には「そこに暮らしがあることを忘れないで欲しかった」。
そして悔いの残らない行いをしたいと、チェルノブイリ事故後のベラルーシを訪ね、人々の経験に学ぶ。
被災地住民の葛藤を描いた『海を撃つ』から。
今年3月に入って、あれよあれよという間に新型コロナウイルスの感染が広がって、日本全国「家にいよう」が推奨されるようになった。
「原発事故で生活の『底が抜けた』」生活とは、質が違うだろうけれど、しかし、目に見えないウイルスに怯える生活は、目に見えない放射能とどこかつながってくるような。
放射能はじわじわと生体に影響を与え、時間を掛けて健康を蝕むのに対して、ウイルスは2週間で症状が出始める、という違いはあるけれど、それが起こる前と後では、決定的に、私たちの生活が変わる、という意味では共通するような。
そう。もはや、原発事故前の生活には戻れないのと同じで、新型コロナウイルスがない生活には戻れないのだ。
確か…福島の原発事故の後、「脱原発」の動きが出てきて、ああ、やっと多大な犠牲のもとに原発そのものの見直しがされる…と思ったけれど、いつの間にやら再稼働の動きに変わってきていた。
福島の放射能汚染の水がどんどん溜まってきて、それを海に放出する、などという無謀なニュースもあったけど、福島の人々の反対で、ひとまずは留まっている。
そんな、もうどうにも「処理」できないようなものを生み出す「生活」を止めよう、というのが「脱原発」ではなかったか。
なのに、また「エネルギー転換」の問題を放置して、福島原発事故を「なかったこと」にして、事故前に「戻ろう」とする愚かさに、今度は福島の人だけでなく、全国的、全世界的に、「生き方を変えよ」といわれているような気がしてならない。
…誰に? う〜ん…神さまなのか、地球になのか。
現に、人間の「生産活動」が止まって、大気汚染が解消されて、30年振りに「山」が見えた、とか、大きな門が見えた、とか、そんなニュースが飛び込んでくる。
人間が、いかに地球環境に害を与えていたかを思い知らされる。
原発事故後の生活を組み立てるために、ベラルーシに行くことを決意した人がいることを知らなかった。
「そこに暮らしがある」とは、なんと重い言葉だろう。
「誰かを助ける力が欲しい」とは、なんと切ない言葉だろう。
…誰かを助けるには、まず、私は自分を助ける力を持たないといけない、そうも思いました。
『海を撃つ』を読んでみようと思いました。
画像は今年2月11日に訪れた潮岬の海。
新型コロナのことなどまるで頭にはなく、遠いところで起きていること、と思ってました。