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終わりがある中で、出会うということ〜ロバート・レズニック博士のコンテンポラリー・ゲシュタルト7〜

2021/06/06
終わりがある中で、出会うということ〜ロバート・レズニック博士のコンテンポラリー・ゲシュタルト7〜
30日にはワークが2つあって。
3つ目のワークの後の解説から。

<ワーク3 質疑応答と解説>

<質問①> (ワークは)ワーカーの、今ここで淋しさを感じる、ということを大事にされたように思う。それは、あなたが言う「新鮮な魚」を大切にするということか?

・クライエントの、その時のその状態のクライエントに出会いたい。先程のワークの中にも、ワーカーの状態は、淋しさを感じて、それを押し殺そうとしている、そういう状態だった。その時の、今のワーカーに出会うことができれば、それを変えようとすることなしに出会うことができれば、第一幕は上がってくる。出てくる。
・第一幕の問題は、自分は永遠には存在しないだろうという、実存主義的な問題だった。生物が永遠に存在するということはない。そのことに対する心配が、第一幕の主要な部分。だから、淋しさを押し殺す。人と繋がりたいけれども、いずれその人たちもいなくなってしまうから、終わってしまうから、繋がれない。
リアルに留まるということが非常に重要。その実存的なリアリティを認めるということが重要。私たちみんな、いずれは死ぬ。いつか死ぬかどうかということに対して、私たちには選択権はない。必ず死ぬから。私たちに選択できるのは、その時までの時間をどう過ごすか、ということ。
・多くのセラピストたちが、いずれ死ぬということ、それでもいいんだ、OKなんだというふうにしようとしている。それを考えたり感じたりしないように、クライエントを手助けしようとする。だが、クライエントはそれは真実ではない、ということを知っている。私たちみんな、それが真実ではない、と知っている。
私たちは皆、それぞれに終わりがあるんだということを知っている。関係性においては、その死が来る前でさえ、誰かと別れる、その関係性の終わりが来る可能性があるんだ、ということも知っている。
・つながることのリスクというのは、いずれ自分の心が病んで、がっかりする、という、そうなるかもしれない、というリスク。
・そして、ひとりでいるということを保障していくと、覚悟していくと、そのままずっとひとりぼっちで淋しいということになる。ワーカーが実際に今、どういう状態にいるのか、ということを表現した時に、私とワーカーとの間での繋がりができた。
そのワーカーが、私に影響を与えたから。そして私がこういうふうに影響を受けました、ということをシェアしたことによって、繋がりができた。その瞬間の、ワーカーの人となりと私の人となりが、出会った。

<つながりとコンタクト>

・繋がりとコンタクトは、同じものではない。コンタクトはふたりが出会った時に、繋がりというのは私たちが出会い、つまりそれはコンタクトだが、コンタクトを取って、そしてまたそこから離れ、そしてまたコンタクトを取って、離れ、そうしたときに繋がりが出来ていく。

・繋がりを持つためにはコンタクトし、そして離れ、また触れ、また離れ、ということが必要。どちらかしかない場合は、離れることがない、ずーっとコンタクトしっ放し、という時には、交じり合うというか、それ自体は素敵だし美しいことではあるけれど、でも、自分の持っている全てがそれだけになってしまうのは、そこから身動きが取れなくなる。

・合流すること、交じり合うこと自体は悪くないが、そこから動けなくなってしまうということは、悪いこと。

・そしてまた、離れるということだけしかない場合には、孤立する。繋がりもコンタクトもなくなる。

・そして離れること自体もいいことでもある。だが、それだけしかないと、そこで動けなくなってしまう。その、動けなくなってしまうということがよくないこと。

・問題はその、動けなくなるということ。それがどこであれ。

<質問①-2> ああいう時に、私だったら「あなた自身に 何か、過去に喪失体験があるんですか?」とか聞いてしまいそう。レズニックさんはそういうふうにしなかったので、その理由を知りたい。

私はなんであれ、現在に影響を与えている何かしら過去のことがあるとしたら、それは自然に現れるだろうと信頼している。通常、セラピーでは20分1回きりしか会わない、ということはない。アメリカでは保険会社はそれを勧めるが。私は、関連する過去は自ずと現れてくるだろうと完全に信頼している。そしてまた、普通にしておきたい。その実存的な質問に関しては。普通の感じにしておきたい。

・何年も前だが、カップルを見た時に、奥さんは旅行がしたい、夫は旅行したくない。旅行するための時間とお金は十分にある。でも夫は、旅行しない言い訳を、ありとあらゆる言い訳を出してくる。で、ある日彼はすごく怒って、「なんで休暇になんか出かけるんだ! 家に帰ってくるしかないのに!」と言った。その通り。バケーションというのは、自分の日常の生活からしばらく離れるというということ。そして家に帰ってくる。その体験から帰ってくる。グランドキャニオンとかエッフェル塔とか富士山とかを見て、去年私は日本に来たし、でも家に帰って来なければいけない訳だ。でも、その日本での体験は、自分と一緒に持ち帰ることができる。
・もう一つ、言っておきたいことは、呼吸の困難さが見られたこと。息を詰めると、感情が下がる。上がってこない。なぜなら、酸素が足りないから。もっと息をして、もっと酸素を取り入れると、感情やワクワク感がサポートされる。そして、呼吸の困難というものは、常に吐くのが難しいということ。完全に吐き切れば、吸う息は自然に入ってくる。自動的に。息を詰めている人に、深呼吸しなさい、って言うと、吸おうとするが吸えない。なぜならもう身体の中に古い空気が詰まっているから。完全に吐き切らないと、深く吸うということはできない。


人は人と、どんなふうに「出会う」のか。
それぞれに終わりがあること、その関係性の終わりもあるということ。
見たくない、そういった真実を、見据えながらそこにいて、
そして、今の状態を表現し、その表現されたことに影響を受けたことを伝え、した時に、「繋がりができた。その瞬間の、ワーカーの人となりと私の人となりが、出会った。」のだという。

そうね。自分の心の奥底の、繊細な揺らぎ、怖れ。
そんなものを表出するのは、それを出しても「大丈夫だ」と思える人の前でないと。できない。危険すぎて。
受け止められなかった時、自分の存在の根底が揺らぐ気がするから。

でも、大丈夫、と思えて差し出したものを、受け止めてもらえて、受け止めてもらえたことをまた差し出されて。
その交流が「繋がり」ということ、出会うということなのだ、という。

ああ、そうね。すんなりと、私の中に落ちる。

<ワーク4 解説と質疑応答>

・今回のワークは、ややクリアでないところがあった。セラピーに関することなのか、あるいはトレーニング(訓練)に関することなのかということが、明確ではなかった。もちろん、常にその組み合わせなのだが。実はトレーニングの基本的な部分で有用なところはある。
・つまり、たとえばクライエントと初めて会った時に。クライエントが何も話さない場合、私は次のように尋ねる。「ここに来たということは、何かを求めているんですよね。そう、何かあるんですよね」。時にはクライエントは自分が何を求めてかということが、よくわかっている。そして自分が何を求めているかを言うことがなかなか難しいという場合がある。自分の望みを口に出すのが難しいという場合には、そこに焦点を当てる。
何を望んでいるかを口に出すことができる場合には、じゃあ、その妨げになっているものは何なのか、というところに私は関心を寄せていく。
まずは、「何が望みですか?」ということを尋ねる、そしてそれを聞いて自分が受けた反応、影響をクライエントにシェアする。その時に、自分の本当の関心と、好奇心を持ってそれをしていく。
・たとえば、クライエントが何かを言って、それがどういう意味なのか、こちらにわからない場合、その場合、私が受けた影響というものは、あなたが言っていることが私にはどうもよくわかりません、ということ。クライエントの中には、自分がしゃべっていることがはっきり相手に伝わっていないんだということがわからない人もいる。
・自分が何を言いたいのかを言いたがらない人もいる。クライエントの言葉が何かしら出てくるんだけれども、その言葉の字面はわかるんだけれども、いったい何が言いたいのか全くわからない場合もある。それを言って、そこに関心が湧いてきたら、「関心があります」と伝える。
・たとえばクライエントが、ものすごくぼんやりとしたことを何か言っている時に、たとえば「私の人生は問題だらけなんです」というような、大雑把なことを言ってくる場合、「もう何年もその状態なんです。前にもこのことでセラピーを受けたんだけど、役には立たなかったんです。助けてもらえますか?」。それではいったい、何を言っているのか、こちらではわからない。その場合には「自分の真実を相手に話したいんですね」(という)。つまり「あなたの言っていることは私にはわかりません」。
・もうよく知っているクライエントの場合には、時にはユーモアを交えて言葉を返す。でも同じスタイルで。「なるほど。問題を改善していくために、たくさんのことをしなければいけないんですね」。そういうふうに言うと、クライエントが「ふうん?」とこっちを見る。「何言っているの?」みたいに。「だってあなた、そう言ったでしょう?」と言うふうに、私は返す。これはもう、クライエントのことをよく知っている場合。
・もう全然コンタクトを取ったことのない新規のクライエントに対しては、こういう態度は取らない。なぜなら、そういうふうに冗談めかして言えるだけの関係性のサポートがまだないから。セラピストとしての私をまだ十分に知っていない人が私がそんなことを言うのを聞いたら、私には良い意思があるということを知らない人が聞いたら、「この人、私のことをバカにしてるんだ」とか「からかってるんだ」とか「恥ずかしい思いをさせようとしてるんだ」というふうに感じてしまうから。

<質問①> レズニックさんのビデオの中で、「It cannot be so」というビデオを思い出した。あの中で、レズニックさんが「あなたが何を言っているのか、わからない」と言い続ける場面があるが、あのクライエントは、「知っている人」「知り合い」という範囲に入るのか?

・少し知っている人だった。トレーニンググループで1日か2日、そのトレーニングの中で一緒にいた。でも ワークを提供したのは、あれが初めてだった。あの人が他の人にこんなふうに反応してるんだなあとか、こんなふうに話をしてるんだなあということは知ってが、二人でワークをしたことはなかった。


クライエントの中には、言葉での表現に不自由ない人と、そうでない人とがいる。
また、問題がデリケートであることで、それを表現するのにためらいを感じたり、気後れしたり、も。

でも、「ここに来た」のは「何かを望んでいるから」だと、そこから始める。
それは、ここにやって来た人の、「来た」という行為を肯い、そこに光を当てること。
そうすることでクライエントは、もう一歩踏み出す勇気が促される、のかもしれない。

そういった、いくばくかの「怖れ」を抱えてやってくる人に、
その怖れから踏み出して、こちらに手を差し出すことを可能にする関わりは、
セラピストの「出会おう」とする思いに依るのかもしれない。

あと、S Vが1つとワークが1つ。
でもまあ、ここまでで4,500字。ここで一旦、置きますか。

画像は2年前のアンジー。
ママ、散歩行こ? はいはい。今日は7時前に終わったから。
久しぶりにちょっと長めの散歩に行こう。

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