折々のことば。2026年1月1日の俵万智の言葉。
六十歳の肉体と共に起きる朝よっこらしょってなんか可愛い 俵万智
鷲田清一の解説。
歌人は年明けの朝もこうして起き上がったか。
自身の体とのつきあいは、塗(まみ)れ、呑(の)み込まれるものから、引きずるものを経て、やがて人生の相棒のように僅(わず)かに距離をおいて愛(いと)しく見やるものへと移ろいゆく。
そのように荷も少しずつ下ろしてゆければ、歳(とし)を重ねるごとに老いも愉(たの)しめるようになろうか。
連作「気配」(「短歌研究」1・2月号)から。
俵万智って。確か、私と同じ年ぐらいだったような。…あ、1962年生まれ、と出たから。私が1つお姉さんね。
万智ちゃんを先生と呼ぶ子らがいて神奈川県立橋本高校
そうそう。高校の国語の先生だった、んだよなあ。
私も。教員になりたての頃、「先生」と呼ばれて、とてもくすぐったかったのを覚えている。
この歌は、1987年に出版された第1歌集『サラダ記念日』に収められたもの。
「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
まあ、この歌よね。衝撃的なデビューは。なんでも、この歌の元となった料理は。サラダではなくてカレー味の唐揚げだった、というらしいのだけど。
平易な口語表現。それから。私的な「日常のできごと」を。こんなにも大っぴらに「記念日」に仕立て上げる、その感性が眩しくて。
当時、とっても流行った気がする。
そうか…。その万智ちゃんも。還暦を迎えるようになった、か。
自分の歳をさておいて、しきりに年月の早さにびっくりする。
そりゃあまあ、ね。
万智ちゃんだって、いつの間にか子どもを産んでお母さんになってたし。
ひとりで子育てする、というのでも話題にもなってたし。
たんぽぽの綿毛を吹いて見せてやるいつかおまえも飛んでゆくから
振り向かぬ子を見送れり振り向いたときに振る手を用意しながら
最後とは知らぬ最後が過ぎてゆくその連続と思う子育て
これは2010年の『たんぽぽの日々』から。(40歳で出産されたそうだから。もう息子さんも成人されているね。)
それで、…そうか、万智ちゃん還暦過ぎた、ね。
そうね。「よっこらしょ」が出てくるようになった、ね。
そうね。私もおんなじ、よ。つい、「よいしょ」とか。「えい」とか。掛け声掛けてる。
ふふふ。つい、漏れ出る言葉はしょうがないね。
でも、そうやって自分の体と付き合っていく、のよね。
そうすると。鷲田先生曰くの「僅かに距離をおいて愛しく見やるもの」となるのか。
鷲田清一の。視線が優しい。
これは「老い」の先を往く者の、後から来る者への優しい視線、ね。
「老いも愉しめる」と(「愉快」の)「愉」の字が、何か素敵。
そうね。なんでも面白がればいいのよね。
2026年は。なんでも面白がって、愉しもうと思います。
画像は、今年の賀状。
左馬の字を馬に見立てて、愉しみました。