折々のことば。2025年11月18日の最相葉月の言葉。
聞く耳があって初めて聞こえる。
聞き始めると聞かずには居られなくなる。
聞いてばかりでいると狂い出す。 最相葉月
鷲田清一の解説。
人生の相談事の大半は、「互いに聞く耳をもたないことが原因で引き起こされるトラブル」だと、ノンフィクションライターは言う。
話すほうは相手が本当に聞きたいと思っているか不安だし、聞くほうも適度に聞き流さないともたない。
話すことで事態が一層こじれることもある。
でも人は、聞きあう中で強くなる。
『れるられる』から。
「聞く耳があって初めて聞こえる。」…確かに。
聞こうとしない限り、その声が届くことはない。
人は、見ようとしないと目に映らないし、聞こうとしないと聞こえてくることはない。
意識がそこにないと、存在しないのと同じだ。
でも一旦、耳を傾け「聞き始めると聞かずには居られなくなる。」うん、そうだ。
意識がそこに向かうと、続きが知りたくなる。
それでも。「聞いてばかりでいると狂い出す。 」って。
そうね。「狂う」のは、自分も何か言いたくなる、のか、「聞く」ことが行のように「強いられる」と、我慢できなくなる、のか。
「聞く」側からすると、自分の意識がそこに向かないとダメであると同時に、「聞いてくれる存在」が話し続けられる原動力になる。
何か話し始めても、どうも相手は聞いてないな、と思うと。途端に話をやめたくなる、ものだから。
だから、「聞く」存在があって初めて「話」が成り立つ。
それでも、「話す側」「聞く側」に温度差は常にあるものだから。
「こんなこと話しても興味あるだろうか?」「わあ、ちょっと重いけどなあ」とかの「思惑」が交差する。
そんな中で、それでも話し続ける勇気や、やり過ごす知恵とかが生まれてくるんだろう。
それが鷲田の言う「人は、聞きあう中で強くなる。」だろうか?
お互いの相互作用か…と思っていたら、ふと出典が『れるられる』という本であることに目がいく。
早速、調べてみる。
2025年9月17日発刊の岩波現代文庫 文芸372。
解説に、
どうやって生まれるのか。誰に支えられるのか。いつ狂うのか。なぜ絶つのか。本当に聞いているか。誰かを愛しているか。そして見守られる? れる/られる、どちらかに落ちる、その時……。堅実なリサーチと冷静な筆致で信頼あつい著者が、人生の受動と能動が転換する境目を七つの動詞で綴る、連作短篇集的エッセイ。
とあって。その「七つの動詞」が気になるから、目次を見る。
はじめに
第1章 生む・生まれる
第2章 支える・支えられる
第3章 狂う・狂わされる
第4章 絶つ・絶たれる
第5章 聞く・聞かれる
第6章 愛する・愛される
終 章 見守る・見守られる――二〇二五年の「れるられる」
岩波現代文庫版あとがき 解説 「れる/られる」の境目に……………齋藤亜矢
なんだか、面白そうだな、と思って、ついポチっと買ってしまった。
さて、どんな話が「聞ける」のでしょう? 乞うご期待。
画像は今年の往馬大社の「夢を描く絵馬」。
現代アート作家の良奈ちはるさんの作品。
1枚は神社に掛け、1枚は家に持ち帰るという発想の新しい絵馬だけど、2枚合わさると円になる、というのが面白くて。
「れるられる」も2つで一対なんだと思わされたことでした。