折々のことば。2025年11月24日の和田庄司さんの言葉。
迷惑をかけないことは大事なことだけれど「迷惑をかけあえることはもっと大切」 和田庄司さん
鷲田清一の解説。
東日本大震災と福島原発事故の後、しばらくして、「障がいのある人たち」が避難所から次々と自宅に戻っていった。
「遠慮」は「気兼ね」で消耗したのだと、JDF被災地障がい者支援センターふくしまの元事務局長は言う。
迷惑をかけあえると言うのは、時間をかけて関わりつづけられる場所が「日常」として「普通にたくさんある」ことだと。
季刊「コトノネ」第56号から。
私たちは皆、「人に迷惑をかけないように」と大きくされる。
それ自体、何ら問題はないハズなんだけど、でも、「緊急時」にはそれが災いする、と何かどこかで知らされた気がする。
うん。そうね。
私たちは。「迷惑をかける」ことに慣れていない。
必要なことであっても「恐縮」しちゃって。ほとほと疲れ果てる。
それでも、昨年夏は。私、本当にバテちゃって。
体調を崩して、食べられない寝られないで、体重も10キロ以上落ちちゃって。
全く仕事も出来なくて。
コースで来られていた方には、お断りの謝罪と返金と、まで行って。
あわや「廃業か?」まで考えて。
初めて「助けて」と言った。
病院に行くにも自分一人で行けなくて。
教え子のひとりについて来てもらった。
私の異常な痩せ方に危機感を抱いた教え子たちと元クライエントさんと。
8月末、みんな揃って会いに来てくれた。
それで。何か、インディアンの篝火を囲う集いのようになって。
何か、ほっとするものがあって。その晩、ぐっすりと眠って。
翌朝、なぜかピアノが弾きたくなって。
1時間ほど弾いたら。
仕事を辞めようとか。家を売ろうとか。
そんな考えは吹き飛んで。
もう一度。もう一度やってみよう、という気になった。
何か憑き物が落ちたように、みるみる元気になって。それで今に至る。
あの時。私の身を案じて集まってくれて。本当にありがたかった。
迷惑かけてとは思わなかった。そう思うほどには、私の方にゆとりがなかった。
でも、それでよかった、と思う。
私も。誰かの危機的状況には。さっと動ける自分でいたい、と思う。
そうね。「日常的に」「時間をかけて関わりつづけられる場所」がある、ということ。
私は、メンタルケアを仕事としているけど、自分のメンタルケアのためにも、そういった繋がりを大事にしようと思っている。
画像は昨秋に行った、寄せ植え。
土を触るのも、ホント、メンタルケアにはいいんです。