Cさんは、広島で2番目に知り合った友人です。
広島での最初の友人の元同僚で、始めは苗字で呼んでいたのですが、夫のIさんとも交流があるようになって、ファーストネームで呼ぶようになりました。
最初に会ったのは…喫茶店かどこか? それとも私の自宅だったかしら?
「結婚改姓を考える会」の紹介で知り合ったと紹介されたCさんは、最初ちょっと警戒して「でも、結婚によって名前を変えたいって人もいると思うんだけど?」と言いました。
私も、私の広島での最初の友人も「いえいえ、改姓ダメって言ってるんじゃなくて、改姓したい人はそうすればいいし、したくない人はしないでいいという選択の自由を、と言っているだけ。」と応えました。
そう。
「結婚改姓を考える」と聞いて、皆さん身構えるのは「みんなそうしないといけないのか?」と思って。
「みんなそうすべき」に生き辛さを感じているのだから、そんな方向にはいかない。
そう、それなら賛同できるわ、と応えたCさんは、結婚改姓によって、それまでの自分と違う自分を生きられるんだと思って嬉しかったという話をしてくれました。
そんな風に始まったCさん夫婦とのお付き合い。
あっちこっち、遊びにも連れてもらったし、気持ちが滅入っている時には、外へ連れ出してもらったりもしました。
11年前、夏休み前の7月にめまいと吐き気がして、入院した時も、子どもを預かって面倒を見てくれた。
子どもが不登校になって、どうしていいかわからないでいる時に、子どもの不登校を経験している妹さんを紹介してくれた。
妹さんといっても私よりお姉さんで、この方とのメールのやり取りは本当に救われました。
そんなCさんが「今、入院中」と連絡くれたのです。え?と思いました。
思い当たるとすれば…「喘息?」「そうなんよ。5月には発作が7、8回出て…。」
1週間以上入院して、先週金曜日にやっと退院して、それで、今日からまた学校に出るというのです。
補助の先生つけてもらうっていったって、そんな、学校に出ればつい無理しちゃうよ…。
次、発作が出ればもうアウト、ってさりげなくいうのを聞いて、涙が出てきました。
「学校、休んでよ! お願いだから学校休んで。そんな、命と引き換えにする仕事なんてない!」
…気づいたら、叫んでいました。
いつもいつも…優しい人で。
子どもたちを見る目線が、限りなく慈愛に溢れていて。
どうしてここまでできるのだろうと驚嘆したこと、何度もあります。
今年で最後の年だから、という気持ちもあるだろうけれど。でも、無理しないでほしい。
生きていてほしい。
そう思うのは、私だけじゃないはずよ。
「うん、わかった。ありがとう。」って言ったけど、今週の授業参観が気になっているね?
…なかなか、休まないだろうなあ…。休むとしても、それが終わってからだろうなあ…。
小学校教員の仕事を限りなく大事に思っているCさん。
それがわかっているけど、ね。でも、生きてて。まだまだあなたを必要とする人はたくさんいます。
画像は、昨年のお誕生日にサプライズで贈ったプリザーブドフラワー。