毎朝コラムを書くようになって8ヶ月。
その頃からInstagramも始めたのですが、この世界にもいろんな方がいらっしゃって。
今朝はそのうちのおひとり、貝殻の写真と言葉を添えてインスタにあげていらっしゃる方を紹介しようと思います。
…いえ、リアルに会ったことはありません。
貝殻の写真は、いつも1個。白を基調として、いろんな貝殻を綺麗にアップで撮られて。
それから、その貝殻の色や形から、それに合うような言葉を引用されるのです。
たとえば…真っ白な円錐状の貝殻で、でも、少しその円錐が欠けていて、中には渦を巻いているような形状が展開されていて…という貝殻に添えられていた言葉は、「ふと、祈りたくなるような場所はありますか?」でした。
あ、と思いました。貝殻の中の空間を「祈りの場」のように見られたのだな、とわかって。
そんな風に言われると、またそんな風に見えてきて。
添えられた言葉はまだ続きます。
「なにごとの おはしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる 西行法師」
読んでいるうちに、私は梁塵秘抄の一節を思い出し、コメントしました。
「素敵な形ですね。きっと中央の場所で佇んで祈る、感じでしょうか。お言葉を読みながら、私は梁塵秘抄の一節を思い出しました。『仏は常にいませども、現(うつつ)ならぬぞ あはれなる 人の音せぬ暁にほのかに夢に見えたまふ』
(※補注 これは今様なので、「たもう」と読むのがいいと思います)
そうしたら、こんなご返事が帰ってきました。
「コメントありがとうございます。梁塵秘抄の今様のリズムあるコトバ、とても心地よいです。」
あ、今様ってご存知だったんだ…と、ちょっと嬉しかったです。
私はインスタのプロフィールに、カウンセリングルーム開設に至るまでの経緯を少し書いて、それからルールの場所も明示しています。
HPにもアクセスできるようにもなっているので、どんな仕事をしているのか、またどんなコラムを書いているのかは、一目瞭然なんですが。
その方は、そんな風には自分を出されていないので、性別さえもわかりません。
でも、なんというか、この人の世界に魅かれる私がいて、コメントで繋がれたりして、…こんな繋がりも面白いなあと思うのです。
この方も、毎日アップされています。
今日はどんな貝殻で、どんな言葉が添えられているんだろうと、ちょっとワクワクします。
最近のもので、もうひとつ。
「あなたの置かれた状況は、不運か? 幸運か? 『自省録』マルクス・アウレーリウス 波の絶えず砕ける岩頭のごとくあれ。岩は立っている。その周辺に水のうねりはしずかにやすらう。…これは不運ではない。これを気高く耐え忍ぶことは幸運である。」
マルクス・アウレーリウス、ですか…。2世紀後半の、ローマ五賢帝の5番目の皇帝で、ストア派の哲学者としても知られる人ですね。困難なさなか養子に迎えられて、皇帝を継いだ人です。この人が亡くなった後、ローマは衰退に向かいます。
そんな困難な道を歩んだ人の言葉なので、含蓄があります。
画像は、10年以上前に撮った向日葵。確か…滋賀の農場公園、だった気がします。
その日はお天気があまり良くなかったのですが、夕方に一瞬、日が差して、「あ、チャンス!」と思ってシャッターを切った記憶があります。
本当は、貝殻の画像を持ってきたいところですが…でも、Instagramのその方に敬意を表して、夏らしい向日葵にしました。