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雑草抜きをしない〜浅田慈照尼との対話(1)〜

2019/10/22
雑草抜きをしない〜浅田慈照尼との対話(1)〜
昨日午後から高野山総本山金剛峯寺の布教師、浅田慈照尼のお家におじゃましています。
慈照さんのお宅は、和歌山県橋本市。
朝10時に家を出て、ナビをかけたら60キロ、と出ました。
着いたら、ちょうど12時。
…11時半に着く予定、でしたけれど。

アンジーと共に車から降り立った私を、満面の笑みで出迎えていただきました。

お昼を用意いただく間も、二人してずっと喋りっぱなしで。
この前、十津川村の谷瀬の吊り橋に行った時、帰りに寄らせていただいた時もそんな風で。
「今度ゆっくり、アンジーを連れてお泊りどうぞ」と言っていただいて、厚かましく押しかけたのでした。

何の話からだったか…「放逸(ほういつ)」の話になって。

「放逸」とは、無造作に何かをしないこと。作為的であること。

「作為」とは、何かの意図を持って、あるいは何かの意志を持って、行うこと。

密教では、作為なしには未来も変えられない、と説く。

だから「今 作為をすれば、明日 作為の芽が出る」と教えるそうな。

つまりは、今、未来に向かって種をまく、ということ。

「雑草抜きをしない」とも言うそう。

 

雑草は抜いてもまた生えてくるから、抜かない。
それより、他の種を蒔いたら、その花が咲いた時には花にしか目がいかない。
だから、雑草を抜く必要はない、のだと。

雑草とは「煩悩(ぼんのう)」の喩え。
「煩悩 即 菩提(ぼだい)」というのが密教の考え方。
釈迦滅後、700年経ってから出てきた考え方だそうな。

「菩提」とは、今、改めて調べると、

「サンスクリット語・パーリ語のボーディの音写であり、仏の正覚の智、さとり、仏の悟りの境地、極楽往生して成仏すること、悟りの智慧などを意味する仏教用語。bodhiの漢訳は智、道、覚。 菩提を得た者が仏であり、これを目指す衆生を菩薩という」と、ウィキペディアにありました。

 

つまりは、煩悩を消すことにかまけるよりは、花が咲く(結果)ように種を蒔く(原因)ことをした方がよいということ。

煩悩を見詰めていても、煩悩を消すことにはならず、むしろ、「煩悩があって、それを横目で見ながら置いておくこと」で、花が咲くことに繋がる、ということ。

煩悩を嫌うのではなく、むしろ煩悩があることで花が咲くことになる、と理解すること、かなあと思います。

 

 

慈照尼との対話はまだまだ続くのですけれど、今朝はもう一つだけ、私にとって、とても嬉しく思ったお話を。

 

私は、何かを学ぶと文章にまとめたくなる。そして、発信したくなる。

私は自分の受け止めを絶対、と思っていなくて、むしろ、「私はこんな風に受け止めましたが、どうでしょう?」と差し出して、「え、違うよ」と言ってもらえるのを待っている。

でないと、私は私の受け止めだけで、そのままになってしまうから。

 

慈照さんから「発信し続けないと、情報が修正できない」というお言葉をいただいたとき、あ、そうだよね! ととても嬉しくなりました。

 

画像は、慈照さんのお宅の廊下の照明。

足元を照らす、という発想は、何かほっとするものを感じます。

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