折々のことば。2025年12月12日の熊谷アントニオの言葉。
What do you bring to the table? 熊谷アントニオ
鷲田清一の解説。
2006年生まれの社会活動家・熊谷沙羅の父はベネズエラ出身。
「家族の食卓に何を持ってくる?」とよく口にする。
それで食事時には話題を持ち寄るのが熊谷家の習慣となった。
じっと聞いてもらえるなら発言にも責任を持たなくちゃと先に下調べもする、そんな習慣が幼い時についたと娘は言う。
家族生活にデモクラシーの原点があった。
『私と家族と「川の図書館」』から。
うーん…、そうか。
「家族の食卓に何を持ってくる?」という問いかけに。
一瞬、え? それぞれが食材を持ち寄るの? と思った私は。
あまりにトンチンカンな自分に恥ずかしくなる。
…そうだよね。食卓には、食事を楽しみながらの「話」が大事だ。
そういえば。昨日は俵万智の「最後とは知らぬ最後が過ぎてゆくその連続と思う子育て」という歌を見たけれど。
…そうね。それが最後、と知らないままに、いろんなことの「最後」が過ぎていった。
毎日の食事も。フルタイムで働く私は、食事の準備に追われて、出来上がったら黙々と食べていた、ような。
少しはその日の子どもの様子を聞いてみてた、と思うけど。
でもこんなふうに、「何の話を持ってくるか?」なんて、もっと重きを置いてのことはなかった。
でもそうよね。「じっと聞いてもらえる」経験は、自尊感情にも大きくプラスに働くだろうな。
だって。話を聞いてもらえてこそ、自分はここに居ていいんだ、と思える大きな「できごと」だもの。
私は。そんなふうに子どもの話を聞いてやっただろうか? 残念ながら、ちっともそんなことなかった。
用事の伝達的なことが多かったんじゃないだろうか?
仕事に追われて、毎日持ち帰りの仕事を抱えていた私は。
自分の寝る時間を確保するためにも、ゆったりと食事を楽しむ、なんてことは年に何回かしかなかったように思う。
そう思うと。本当に居た堪れなくなる。
でも、過ぎた時間は帰らない。
滅多に顔を見せない子ども。のことを思うと。
毎日の食卓が、そんなに楽しくなかった、のだろうと思えてくる。
…うん、ご飯は一生懸命作った。惣菜は買わなかった。
でも、一緒に食べる食卓が、楽しいものだった?
私に精神的余裕がなかった。
職場から帰ってきて、大急ぎでご飯の用意をして、食べさせる。
男の子だったせいか。ぺろりと平らげてはくれた。
でも、楽しかった、かどうかは。自信がない。
そのせいか、どうか。
今の私は、やたらアンジーに話しかける。
アンジーは。顔を上げて、こちらを見る。
その顔の横に、テロップのように言葉が見える。…そうね、とても表情豊か。
でも、言葉を発しない。(呼びかけたら、時折返事はするけど。)
「じっと聞いてもらえる」体験は、「発言にも責任を持たなくちゃと先に下調べもする」行動へとつながった、のか。
…「デモクラシーの原点」か! とはっとする。
そうね。大仰に構えなくても。ただ「じっと聞く」ことがこんなにも心を育てるんだ。
と、またちょっと「過ぎ去った子育ての日々」に痛みを感じたことでした。
今は、そうね…、自分の至らなかった子育てを反省しながら、クライエントさんの言葉にならない「お話」と、言葉にできない「アンジーの声」を聴く日々です。
画像は、元旦の初詣に出かけた、往馬大社の境内で撮った陽の光。
木々の遮りが却って陽の光を際立たせるように、至らなかった過去も、今、何をなすべきかを示してくれる指標であるかもしれません。