みんなとちがうって なんてすばらしいの〜折々のことば・鷲田清一#3051〜
2024/04/10
折々のことば。2024年4月8日のケイティ・スリヴェンスキーの言葉。
「オオカミらしくなくて ほんとうに よかった。みんなとちがうって なんてすばらしいの。」
鷲田清一の解説。
とっくみあいも猟ごっこもできず、群れに入れないオオカミの子は、はやくオオカミらしくなりたかった。
ある日、見知らぬ生きものと出会う。
その子が掌(てのひら)をオオカミの頭にのせた。
思いがけない対面、やがてオオカミとヒトは種を超え、仲間になった。
科学教育者の絵本『ひとりぼっちのオオカミ』(H・サリヤー絵。大竹英洋訳)から。
科学教育者の絵本『ひとりぼっちのオオカミ』(H・サリヤー絵。大竹英洋訳)から。
なんとなく、集団に馴染めなかった私には、小学校1年生の頃の鮮明な記憶がある。
6年生に世話をされるのがイヤだった。
6年生、というだけで、なんだか偉そうなのがイヤだった。
…そんなことぐらい。自分でできそうじゃない?
だけど。周りを見渡すと、同級生はなんだか頼りなさそうだった。
だけど。周りを見渡すと、同級生はなんだか頼りなさそうだった。
世話がいる、と思った。
1年生の私は、自分の世話はできるけど、まだ人の世話まで無理だった。
でも、どういうわけか。
いつも学級委員をさせられて。
確か、小学校3年生の時には、体調悪くて吐いたクラスメートの汚れ物の世話までした。
人の世話は好きではなかったけど。
でもなぜだか「やらないといけない」から、やっていた。
4年後。中学生になった、その吐いた後始末をしてあげたクラスメートは、クラス全員を巻き込んで、私をいじめた、のだけれど。
なんで? と思った。
私、あなたに何か悪いこと、した?
…でも、今ならなんとなく、わかる。
同級生に世話されるのなんて。イヤだった、んだよね?
…どこかで、そのイヤさを払拭したかった、のかもしれない。。
…どこかで、そのイヤさを払拭したかった、のかもしれない。。
私は。6年生に世話されるのさえ、イヤだった、んだから。
そんなもんで、私は元から集団に馴染めなかった。
私の思うこと、感じることは、同級生に理解されなかった。
だけど。「みんなとちがうって なんてすばらしいの」なんて思ったことは一度もない。
淋しかった。
私の思うこと、感じることは、同級生に理解されなかった。
だけど。「みんなとちがうって なんてすばらしいの」なんて思ったことは一度もない。
淋しかった。
わかってくれる人がいなくて、苦しかった。
同じになろうとしたことはない、けれど。
あ、違うか。中学生の頃は、ちょっとばかり歩み寄ろうとしたこと、あった。
同級生は深夜ラジオを聴いている、らしいと聞いて。
あ、違うか。中学生の頃は、ちょっとばかり歩み寄ろうとしたこと、あった。
同級生は深夜ラジオを聴いている、らしいと聞いて。
ちょっと聞いてみたり。
テレビも。見てみたり。
でも、長続きしなかった。
興味が持てなかった。
同級生がいい、というものを試してみたけど。
私には響かなかった。
「すばらしい」とは思わなかった。「仕方ない」と思っていた。
自分を否定はしないけど、かといって肯定もできなかった。
…今も。別に肯定もしないけど。
だって。厄介だもの。自分が一番。
それでも。
…今も。別に肯定もしないけど。
だって。厄介だもの。自分が一番。
それでも。
「みんなとちがうって なんてすばらしいの」なんて言ってくれる人がいるならば。
やっぱり嬉しいと思う。
そうか。あなたのその言葉に出会うために、そう言ってくれるあなたと出会うために、生きてきたんだね。とそう思える。
…まあ。この歳になっても、そういう言葉を掛けてもらったことはない、けど。
それでも。生きてきたし、生きていけるんだよ。
…まあ。この歳になっても、そういう言葉を掛けてもらったことはない、けど。
それでも。生きてきたし、生きていけるんだよ。
それを伝えたいがために、カウンセリングルームを開いているんだ、と。
今朝、思いました。
画像は、昨日撮った我が家のチューリップ。
「さーいたー♪ さーいたー♪ 赤、白、黄色」とはならなかった、けど。
思い思いに。好き勝手な方向向いて。咲いています。
画像は、昨日撮った我が家のチューリップ。
「さーいたー♪ さーいたー♪ 赤、白、黄色」とはならなかった、けど。
思い思いに。好き勝手な方向向いて。咲いています。
あなたはあなたのままで大丈夫。ひとりで悩みを抱え込まないで。