大阪・奈良 生駒駅徒歩6分の心理カウンセリングルーム
オンラインでも受けられます
教員歴31年の独自メソッドで、超短期で不登校、夫婦関係、親子関係、職場の人間関係などの悩みを解決
全く効果がなければ返金保証いたします
生駒市元町2-4-20
  1. コラム
  2. 沙羅 Sara の「ほっと一息」コラム
 

沙羅 Sara の「ほっと一息」コラム

沙羅 Sara の「ほっと一息」コラム
日々の暮らしの中で、ちょっと気づいたこと、ほっと一息つけるようなことがらをコラムとしてまとめました。
あなたの「お役立ち」になるかどうか、心許ないですが、興味を持った「カテゴリー」から読んでみてくださいね。

カテゴリーごとに選べます。
選択
俳句の世界
2018/04/05
夜桜吟行〜はじめての俳句講座〜  
昨夜は、「サロン燦句会 はじめての俳句講座」に初めて参加しました。
講師は、倉橋みどり先生。
以前から参加されている、ゲシュタルト仲間のともこさんに紹介され、一緒に近鉄咲良駅に降り立ちました。

今回は「夜桜吟行」ということで、本来は、18時半から興福寺・浮見堂で句を作り、19時半に、会場の「ギャルリ・サンク」に集合する、という流れでした。
「本来は」と言ったのは、梅田でのボイスアートのレッスンの後、近鉄奈良駅に着いたのが18時半だったからです。
おまけに雨まで降ってきたので、浮見堂まで行くのを諦めて、五重塔と猿沢池をさらりと通って早々と「ギャルリ・サンク」に向かいました。

途中、「お参りしていこう」というともこさんにつきあって、チャリンとお賽銭を入れ、ガランガランと鳴らしてお参りしました。

風が強く、今年はこれが最後となるであろう桜の花びらを散らしていました。

私が合わせた手を降ろしても、ともこさんはなにやら熱心にお祈りしていました。
この春、家族の一人が就職で家を出た、という彼女には、いろいろ「お祈り」することも多いんだろうなと思いました。

その後、初の「ギャルリ・サンク」へ。

「ギャルリ・サンク」は、ならまち内にあるギャラリーで、奥のテーブルに既に人がたくさん集まっていました。

短冊を3枚渡されて、自分の名前を書かないで、できた句を3つ書くようにと言われました。制限時間は19時半までの25分。
続き
長田弘の詩
2018/04/04
ゼロから始める〜長田弘の詩「あのときかもしれない 二」〜  
前回は「あのときかもしれない 一」を取り上げて、「あのときかもしれない」の一から九が、どんな仕組みになっているのかを見通しました。
その中で「気がついてみたら、おとなになっていた。」という表現に、ちょっと「引っかかり」を感じました。
…ひょっとすると、フォーカシングの池見陽さんが言われるところの、「推進された“だった”(Carried foward “was”)」なのではないか? と。

体験過程で、過去がクリエイトされる(創り出される)、今の気づきが過去を変えるということ。

ああ、そうだったんだ…と、過去の持つ意味が変わる、という「Carried foward “was”」。

まあ、それはさておいて、今回は、次の「二」を取り上げたいと思います。
続き
長田弘の詩
2018/04/03
インナー・トリップへの誘(いざな)い〜長田弘の詩「あのときかもしれない 一」〜  
長田弘の詩「あのときかもしれない」は、「一」から「九」まである長編だったのだと知ったのは、この前、「七」を取り上げた時でした。
不覚にも、…いえ、大昔に「読書への誘い」第81号を作ったときには、「あ…」と思ったのかもしれませんが、それから後、失念していたのです。

いえ、違いますね。「あのときかもしれない」として「あのときかもしれない 七」としなかったのだから、その時もちゃんと理解できていないですね。
そうなんだ、「七」なんだ!と知って、今回、タイトルにちゃんと「七」を付けたのですから。

それで、改めて「一」を読むと…、ああ、これはきちんと全部を読まないと、という気になりました。

そして、「一」から順に読んでいって、私の内(なか)で、どんなことが想起するのか、それを見たくなりました。
もし、良かったら、おつきあいください。
続き
旅日記
2018/04/02
笠置駅まで  
4月1日は、ゲシュタルト仲間のともこさんの「ボイスアート・奈良」が、屋外(遠足!)で開かれるというので、前日に連絡を取りました。
朝からの催しにするとのことで、私は朝からお仕事が入っていたので、残念!というところだったのですが、
「そのあと、温泉に行くから…。」という言葉に、「温泉から合流する!」と返事して。

その日のお仕事は、ちょっと長引いてしまって。
結局、12時を過ぎてから車を出すことに。

JR笠置駅の近くだというので、ナビを「笠置駅」でセットして。
32キロという表示が出ました。…結構あるね…と思いながら、着くのは1時過ぎか…と。

あと4キロ、という地点で、ともこさんから電話が入って。
「まこさん、今どこ?」
「あと4キロのところよ。」
「あのねえ…温泉、休館なんだ…。」
「え〜!」
続き
長田弘の詩
2018/03/30
ひとを「並列的」に好きになる〜長田弘の詩「あのときかもしれない 七」〜  
今日は、「読書への誘い」第81号で紹介してから、ずっと気になっている長田弘の詩「あのときかもしれない」を取り上げたいと思います。


 「あのときかもしれない 七」              長田 弘



 一つの電池に、豆電球を一つ付ける。それからもう一つ、豆電球を繋(つな)ぐ。そのとき、二つの豆電球をならべて直列に繋ぐと、それぞれの豆電球の明るさはぐっと弱まってしまう。けれども、二つの豆電球を二段にわけて並列に繋ぐと、二つの豆電球のどちらの明るさも、一つの電池に豆電球を一つだけ繋いだときとすこしも変わらないのだ。

 

 直列式と並列式のそのちがいを、きみはいまでもよくおぼえている。それには理由がある。きみがはじめて女の子からもらった手紙に、そのことが書いてあったからだ。それは、直列式と並列式のちがいを、はじめて学校でならったころのことだった。

 

 毎日学校で顔をあわせても、そのころはもう、男の子と女の子とはめったに口をきくことがなかった。ほんとうは話をしたり、笑ったりしたいのに、きみたちは素直にそうすることができなかった。男の子と女の子がたがいのちがいに気づきはじめると、おたがいを繋ぐ自然な言葉が、急に失(な)くなってしまう。で、きみたちはよく手紙を書いた。

 

 けれど、手紙のなかでさえ、わざわざ難しい言葉を探してきては、四角四面な言葉を、きみたちはつかった。たとえば、「ぼくはきみに関心がある」と男の子が書けば、それは「ぼくはきみが好きだ」という意味だった。そして女の子が、「かれはわたしのことを意識してるんだわ」と言えば、それは「かれはわたしを好きなんだわ」ということなのだった。

 

 「好きだ」というただそれだけの言葉を、きみたちはどうしても言えない。「好きだ」と言いたいのだが、もし「好きだから、どうなんだ」と言われればそれまでだと、きみたちは知っていた。つまり、きみたちは、たがいにちがう人間がたがいのちがいを共にするということの難しさを、ようやく知りはじめていた。

 

 そんなとき、きみは好きな女の子にはじめて手紙を書いて、返事をもらったのだった。「お手紙ありがとう」。女の子は書いてきた。「きみがわたしのことを意識してるなんて知らなかったわ。でも、無駄よ。わたしは直列式の友情は信じないわ。わたしの信じるのは、並列式の友情だけよ。さよなら」。その手紙をもらったとき、きみはあわてて理科の教科書をひろげて、復習しなければならなかった。きみは理科は不得意だった。

 

 きみは二どと、女の子に手紙を書かなかった。復習しないとわからない返事をもらうなんて、懲り懲りだ。だが、おおきくなってからも、きみはそのときの女の子の返事の言葉を忘れることはできなかった。きみはいまでは、二人のちがう人間がたがいの明るさを弱めることなく、おなじ明るさのままで一緒にいるということがどんなに難しいことかを、よく知っている。


 そのときだったんだ。そのとき、きみはもう、一人の子どもじゃなくて、一人のおとなになってたんだ。ひとを直列的にでなく、並列的に好きになるということが、どんなに難しいことかを、きみがほんとうに知ったとき。                  (詩集『深呼吸の必要』晶文社・1984年刊)
続き
<<  <  84  85  86  >  >>

カウンセリングルーム 沙羅Sara

あなたはあなたのままで大丈夫。ひとりで悩みを抱え込まないで。

明けない夜はありません。

電話番号:090-7594-0428

所在地 : 生駒市元町2-4-20 

営業時間:10:00〜19:00

定休日 :不定休

ルーム案内・アクセスはこちら